• Home
  • 古典音響機器ギャラリー

古典音響機器ギャラリーT&C Classic Audio Equipment Gallery

〜半導体開発の原点に立ち戻る〜

- 2022.1.6 -


T&C Classic Audio Equipment Gallery

第二十九話
スイス製中型シリンダー式オルゴール

第二十九話はスイスの有名な George Baker Troll & Company製オルゴールと思われるものですが参考調査資料が少なくもしかしたら類似の製品かもしれません。 今回ご紹介するのは1800年後半に作られたと思われる100年以上経過したオルゴールで横53㎝奥行22㎝高さ15㎝重量が約10Kgと中型オルゴールに属します。

29-1

シリンダーの長さは23.5㎝で櫛歯を弾くピンは1本1本手植えされています。

29-2

上蓋裏に曲名のラベルが貼ってあり1~10まで10曲名が手書きで記載されています。

29-3

29-4

演奏中の曲番が1~10の番号を針で示す機構となっていますがこれはシリンダーの移動量を拡大してシリンダー微妙な移動量を曲番の1~10番を針先の位置で表示させます。

さて、どのようにして10曲を演奏するのか?を説明します。

種明かしをしますと、櫛歯の構造にあります。

29-5

29-6

左側写真の通り一般的なシリンダー1回転1曲は櫛歯の先端が平らに作られていますが多曲用シリンダーは右側写真の通り櫛歯の先端が極端に狭くなっていておおよそ0.3㎜程度しかありません。さらに先端も平らではなく髭状に丸く加工してあり音響効果を高めてあります。

この櫛歯を弾くシリンダーのピンは0.29㎜なのでシリンダーへ打ち込むピン1本1本の位置精度や櫛歯の加工精度・平衡度などを保つための機構は100年以上前の当時としていかに大変なことかお分かり頂けると思います。

更に、シリンダー全体の長さが230㎜ありますので52音すべての誤差が全長において0.1㎜程度以下でないと音飛びなど演奏エラーを起こす可能性があります。

29-7

29-8

前書きが長くなりましたが、何故このような高精度細工を行う必要があるかの理由ですが櫛歯の歯と歯の間を見ますと約4.4㎜ありますのでシリンダーのピンとピンの間の1音階においておおよそ4㎜の余裕があることになりますのでこの10曲であれば隙間を10等分してシリンダーの円周上にそれぞれの曲に応じたピンを立てます。

そして シリンダーを1回転ごとに0.4㎜ずつ右側へ10回移動する ことで1回の移動で1曲ですから10回の移動で10曲分の演奏ができることになります。

一番端まで移動が終わると今度は反対方向のスタート位置までシリンダーを戻して再度演奏を始めれば10曲分を連続した演奏ができることになります。

動力はスプリングですので1回の巻き上げで約8~10曲分の連続演奏が可能です。

構造的にシリンダーを移動させる機構を止めておけば任意の曲目だけを連続して演奏することができる構造にもなっています。

29-9

これだけの大きなシリンダー回転と櫛歯を弾くだけでも大きな力を要しますので駆動するスプリングは強力なものが必要ですしスプリングの巻き上げにも大きな力を要するので直接人力で巻き上げるには無理がありますのでテコの原理を使いラチェットを用いてテコを往復運動させて巻き上げていきます。

さらに大きな音を出すためには大きな櫛歯を力強く弾き、筐体(ケース)全体を共鳴箱として使いますので筐体に使われる木材の材質や寸法にも影響されます。

29-10

さて、音域はさすがに50音以上ありますと広域から低域まで音を出すことができますが体に響くようなドンドンといった感じの音を出すためにはさすがに櫛歯の長さだけでは構造的に無理があります。

そこで写真の櫛歯付近を見て頂くとお分かりと思いますが、櫛歯の中間付近下側に鉛の塊が貼り付けてあります。

この鉛によって共振点を下げているわけですが一般的に安価で市販されているオルゴールとは音質が異なる理由もお分かりいただけるかと思います。

29-11

100年以上前に販売された中型以上のディスクオルゴールやシリンダーオルゴールの音質が今でも素晴らしいと感じるのは機械的構造自体と筐体の振動まで考慮された当時の技術屋のプライドでしょうか。

私の個人的な感想ですが、現在1万円以下で買える一般市販品オルゴールと1900年以前に作られたこの種類のオルゴールまたは同等の30㎝程度のディスクオルゴールなどと比較しますと音質・音量共に雲泥の差を感じます。

とは言っても音質は櫛歯の金属音ですので長時間聞くには飽きが来ますので大型高級オルゴールに採用されたベルや小さいリードバルブのオルガンを組み合わせたもので洋服ダンス数個分に相当する大きさでありオーケストラ演奏のような作動ですので聞き応えがあるもののシリンダー自体が一人では持てないくらい大きく重たいので曲の交換の大変ですしメンテナンスにも労力を要しますので長時間の演奏には限度がありました。

そこに登場したのがエジソンの蓄音機で、人の声やオーケストラなどがそのまま記録できるので音楽を楽しむには圧倒的に有利になり、しかもエジソン蓄音機は録音機能を備えたものがあり家庭で録音を楽しむことができたのでオルゴールが廃れていく原因にもなりました。

ですが、オルゴールには人間の耳に聞こえない周波数が多く含まれていてリラックス効果が認められており、精神的治療方法としてオルゴールが用いられるなどオルゴール効果があるとの文献もあるようです。

理屈ではないオルゴールの心地よい響きは私だけではなくどなたも感じたことがあるのではないでしょうか。



令和4年1月5日

中鉢 博

 

 

ページの上部へ戻る